365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

365 SS 3.8

「出来た?!」
「オッケー!」
「付けるよ?」
「待って待って!」

一面をガラス張りにされた、昼は採光の良いビルの一角。

深夜2時を過ぎて、当然だが外は真っ暗。

いつもは人の声が賑わう複合型の商業ビルも、こんな時間に館内にいるのは、各所を見回っている警備員と、自分たちだけだろう。

夜中にいる少人数のため、全ての電気はつけていない。昼間とは違った静かな空間。少し薄暗い中央のホール。
ふだん利用している訳ではないビルは、設営の為だけに来た2人にとって初めての光景。

円形の吹き抜け中央に配置されたエスカレーターの下、余った配線たちに囲まれながら2人は見上げた。

エスカレーターは、明日から始まるイベントのメインとも言える作品だ。

いつもはただただ人を運ぶためだけの35度。忙しない分速30mも、明日からは少し遅めの25mとなる。

「行くよ!」

考案者の聡美が小走りで3メートル離れ、くるりと振り返る。

「いいよ!」

全体像を捉えられる距離に来た聡美はエスカレーターをしっかりと見つめた。

「3、2、1……」

電飾のコンセントを夕貴かグッと押し込むと、ぱぱぱぱ、と一気にエスカレーターが明るくなった。

ゆっくりと、消え入るように消灯し、ふあっと優しく点灯する、を繰り返す。

時間をかけて点滅する電飾たちは大きく分けて2つのラインを走っている。

わざと時差をつくり、点灯する電飾と消灯する電飾を走らせている。

ステップ脇、手すりの為の板もガラス張りになっているため、幻想的な光景だ。

「うん、いいね」
「そうだね。なおした甲斐あったね!」

深夜2時過ぎ。彼女達は、実に4度目の点灯式をひっそりと終え、満足気にハイタッチした。

今でも充分綺麗なエスカレーター。
明日からは1日に3回、朝昼晩とプロジェクトマッピングも投影されるらしい。

「映像の作品名はなんだっけ?」
「光の中へ、だよ」
「そっかあ。楽しみ〜」
「うん。」

フワリフワリと点滅する電飾たち。

なんでも、ホワイトデーのイベントだそうだ。

3.141592……、最近は、ずっと延々と続く円周率に『永遠』の意味を乗せて、ホワイトデーに籍を入れる人も多いらしい。

「この作品名は、なんだっけ?」
「……ミライヘ、にする!」
「あれ?永遠、とかじゃなかった?」
「いま変えた。ミライヘ、にする。」
「そっかあ。」
「うん。」
「いいね」
「でしょ?」

光の中へ、そしてミライヘ。ずっと続く幸せへ。人類の希望へ。光、そして電気の発明に夢を乗せて。

『光の速さは真空中でほぼ3×10の8乗m/s。
フォトンは吸収されない限り休むことなく走り続ける。』

ウィキペディアのそんな文言を暗唱しながら。

「うん。『ミライヘ』。」

聡美の声が、吹き抜けへと響き、上がった。

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テーマの著者 Anders Norén