365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

365 SS 5.7

小麦粉買ってきてくれる?と母にお使いを頼まれた私は、売場で困惑していた。

・・・小麦粉。

帰りがけ母から連絡が来ていた。『小麦粉買ってきてくれる?』というメッセージに『OK』とスタンプを押して返事した。

スーパーに寄り、売場へたどり着く。

見たことのあるパッケージを見つけてしゃがみこんだ時、見慣れない文字に驚いて固まった。

『薄力小麦粉』『中力小麦粉』『強力小麦粉』の3つを見て、どれを買うかとても悩んだ。

・・・私のミッションは小麦粉を買うことである。

いっそ『小麦粉』という商品があれば迷わないのに『小麦粉』という品は無い。

仕方が無く私はその3つを比較する事にした。

お菓子の小麦粉!とかパンの小麦粉!などと書いてある。

母がなにを作るつもりなのか全く解らない。お菓子を作りたいのかパンを作りたいのか?母がパンを作っているところは見たことが無いから、お菓子の方で良いのだろうか。かと言って母はお菓子なんて滅多に作らない。

小麦粉コーナーの周辺には『うどん用に』とか『てんぷら粉』とか『グルテンフリー』とか書いてあるけど全く何のヒントにもならない。

母に聞いてみようかと一瞬考えたが、いやいや、と脳裏で否定する。

わりと細かい性格の母が『小麦粉買ってきて!』と言うのは、『小麦粉』と言えば伝わるものなんだろうと思っているはずだ。

小学校の家庭科で小麦粉を使った魚のムニエルを作った事を思い出してみる。

しかし全くなにも記憶がなくて解らない。

私は小麦を使ってあのムニエルを作ったのっだ。

間違いなく小麦粉だった。しかしいったいあのとき使ったのは、どんな小麦粉だったろう・・・。

何度か逡巡し、やはり母に聞くかとメッセージを作り始めてはたと気が付く。

なんて聞くのが良いのだ?

“『薄力小麦粉』と『中力小麦粉』と『強力小麦粉』があるんだけどどれ?”

そう書いてみて、“あんたそんなのも解んないの?”とバカにされる想像が浮かぶ。

いや、これは良くない。万が一、“あんたバカね!違うわよ!小麦粉ってのはてんぷら粉よ!”なんて返されたらマズイ。それこそバカだと思われる。

そう考えて文字を削除した。

なにかもっとうまい書き方は無いのか。

“小麦粉って商品ないんだけど!”そう書いてみて、“あんたそんなのも解んないの?”とバカにされる想像が浮かぶ。

“は?どうゆう意味?”と聞かれるだろう。と言うか商品がないわけではない。『薄力小麦粉』と『中力小麦粉』と『強力小麦粉』というものがある。

これがいわゆる“小麦粉”って奴なのだろう。

そこまで考えて段々イヤな気持ちになってきた。

ああ、お使いなんて頼まれなければ良かった。あのとき“OK”というスタンプさえ送ってなければ・・・。

今度は買わずに帰るパターンを想像してみる。

その1、『あーごめん買うの忘れた!』というパターン。しかしこれでは結局『え〜!?なんでよ役に立たないわね〜!』と嫌みを言われるかもしれない。ダメだ。

その2、『小麦粉売ってなかった』というパターン。小麦粉が売ってない店って全国にいったいどれくらいあるんだろう。『どこの店行ったの?』と聞かれて『いつものスーパー』と言ったらすぐにバレるかもしれない。ダメだ。

その3、『解らなかった』というパターン。・・・いやいや、それでは『解らないってメッセージくれれば良かったじゃない』と言われるだろう。

これは困った。いっそ店員さんに聞くか?しかしなんて聞けば良いのだろう?『うちの母が小麦粉を欲しがってまして』って?『この3つのうちどれですかね?』と聞くのか?
いやいや、『そんなの解りませんよ』と言われて終わりかもしれない。

・・・ああ、なんで私はあのとき『OK』なんてスタンプを押してしまったんだろう・・・。

「・・・ただいま」
「あら、おかえり!買ってきてくれた?」
「はい」

私はドキドキしながら母の様子を伺った。

「ありがとー」と母は受け取り中身を取り出し、調理途中だったらしいボウルに入れて早速使い始める。

何事もなく使ってると言うことは、私の予想は正しかったのだろうか?
しかし、もしも母がちゃんとパッケージを良く見て無かったとしたら?

怖くなってきた私はアピールのため声を出す。しかし『薄力粉』が読めない。
「これってさー、うすりょく?って読むの?」とさりげなく聞く私に、「バカねーハクリキって読むのよ。」と答えた。
「あ、そーなんだー」と私は答える。

・・・はくりきって読むのか・・・

頭の中でそんな事を考えながら、母から何のおとがめも無いので私は事なきを得た。

『薄力小麦粉』が一番たくさんの種類が置かれていたから、薄力小麦粉を買った私の賭けは勝ったのだ。

良かった、これで私の尊厳は保たれた。母にとって小麦粉というのは『薄力小麦粉』の事らしい。まさか20をすぎた私が、料理のことで恥をかく訳には行かなかったのだ。

しかし万が一を考える私に抜かりはない。実を言うと、万一の事を考えて、強力小麦粉と中力小麦粉も買っていたのだ。

鞄の中に忍ばせた2つの小麦粉をどうやってコッソリ捨てようかと、私は頭を悩ませるのだった。

End.

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