道端に転がるひとつのレモンを見て思い出した。
『レモン哀歌』高村光太郎の詩だ。
男性というのは、とかく女性に想いを馳せがち。女のために頑張りがち。女を美化しすぎ。
女遊びの激しい人も、『女性を意識しすぎている』からなんじゃないだろうか。
つまり結局のところ、女性を美化している。
いや、最後の最後に『運命のひとり』と出会いたいと願ってるのかもしれない。
十人十色。いろんな人生があるしいろんな出来事がある。
心の根っこの奥の方では、結局『良い人』ばかりなんじゃないかと思う。
良い人じゃないのは、傷を負ったから。自分一人で抱えきれなくなって、他へ当たるしか方法がないから。
結局のところ人間というのは、『善』の元に生まれ、善を意識しながら生きて行くんじゃないだろうか。
性格が悪くなるのは『善』を意識してしまうから。イヤミな事を言ってしまうのは『善か悪か』を判断できる思考回路があるから。
過去に嫌な事をされたから。苦しいから、善を求めて悪になる。
ーーそんなにもあなたはレモンを待っていたーー
ぱっとレモンの酸っぱさで目を覚ます。
結局みんな、正常に戻りたいのだ。悪ならば善へと『戻りたい』のだ。
元々は『善』なのだと心のどこかで信じているのだ。
ーーそんなにもあなたはレモンを待っていたーー
レモン色に、智恵子の心を見た気がしたーー
フラッシュ・フィクション。4月2日は連翹忌!(光太郎忌)高村光太郎の忌日。ショートショート(ショートストーリー)毎日『今日は何の日?』をテーマに書いています。–道端に転がるひとつのレモンを見て思い出した。『レモン哀歌』高村光太郎の詩だ。男性というのは女性に想いを馳せがち。女のために頑張りがち。女を美化しすぎ。