醤油と和風だしの、優しい甘辛いにおいが茹る。
「……」
「……」
「……」
腹の音、唾を飲み込む音、ヨダレをすする音が静かに返事する。
「あああっハラヘッタああーーーー!!!」
「俺もおおお」
「まだかよ早くしろよ!!!」
ひとりの声を皮切りに、3人が喚き部屋は一気に騒がしい。
「はいはいはい、もう少しで出来るから〜」
北島は言いながら鍋の中をおたまで混ぜる。手塚はいよいよ立ち上がり、何か手伝える事はないかと北島の隣へ着く。他の2人も鍋を覗き込み、「生姜入れた方が良くね」「皿これでいい?」と忙しない。
「……はいっ、出来上がり〜♩」
まずは手本にひとりぶん、盛り付け見せた。
餡がキラキラ輝くアンコウの煮物。
乗せられた白髪ねぎが丁寧に揃えられている。隣には人参、インゲン、大根の添え物。
お吸い物にはピンクに色付けられたお麩と三つ葉が浮かぶ。
「おおおおお」
「煮物おおお」
「おいしそー!!」
思い思いの感想を述べ、皆自発的に食事の準備を進める。
ご飯をよそる者、換気扇を止める者、コップや箸を準備する者。
料理を終えた北島は、手を後ろへ回し、エプロンの紐を解きながらその様子を見て笑った。「なにそのテンションは」
外した青いブロックチェック柄のエプロンを、ヘルメットとオレンジ色の服の隣へ掛ける。
「はい、いいですかあ〜」
「「「はあああーい!!」」」
「それでは!!」
「「「いっただっきまああああす!!!」」」
その言葉をキッカケに全員が箸を持ち、かきこむように食べていく。一気に減っていく料理を見ながら、北島は不敵に微笑んだ。青の作業服、左胸にある『北島』の文字も、まるで笑っているよう
「大地!なに笑ってんの?!」
「ふ……少ないだろう。」
「「「……!!!」」」
その一言に驚く三人。
そう、鍛え上げられた肉体を持つ、男4人の食欲は旺盛だ。
北島の料理は誰より美味しい。そして凝っている。本当は腹一杯食いたい、といつも三人は思っていた。しかし、あまり満腹になってしまうと、いざという時うごけない。
必然的に皆、料理は腹八分目か六分目を目指して作っている。
今日のご飯も無論そうである。
普通の人が見たら明らかに多いと感じるだろう。それでも鍛えられた体が消費するには少ないのだ。
「ま、まだ何かあるの?」
恐る恐る手塚が聞いた。
「で、でもあんまり食べるのは……」
「量が多いとな……」
3人が不安そうに口々つぶやく。
「聞いて驚け。大豆のシフォンケーキがある。」
「「「ーーー!!!」」」
三人は驚きを隠せない。
「だっだいず!?さすが筋肉のことも考えてる!!」
「そして低脂肪生クリーム添え」
「さっさすがあああ」
「黒糖で濃厚な味わいだ」
「まさかっ砂糖にも気を使ってる!?」
「持ち歩けるようにラップにもくるんである」
「す、すごい……きめ細やかな配慮!!」
「そして……」
北島が得意げに話そうとした時、出動要請が来た。一瞬にしてその放送へ耳を傾け、皆真剣な目をしている
「行くぞ!」
「「「はいっ!」」」
オレンジが宙を舞い、30秒ほどの早業で出動服へと着替え終える。一斉にバタバタと出て行く部屋へ、2人の職員が入れ替わりでやってくる。
すれ違う時、無言で頷くだけの挨拶をした。
出て行く時のまっすぐな眼、ここでは その真剣さを、全員が理解している。
冷蔵庫に入れられたシフォンケーキは忘れられたまま。
しかし、シフォンケーキよりも大切な事が今はあるのだ。
ブォォン、冷蔵庫が呼吸をした音が、静かになった部屋に小さく響いた。