365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

365 SS 3.16

「あれ?レジが開かないぞ」

ある日の朝、店のレジが開かなかった。

「レジ開かないんだけど?」
「あぁ!すみません!忘れてました!」
「ああ、良いけど。開けといてね。」
「はい!」

そのまま時間はお昼12時を過ぎた。

「いらっしゃいませ〜」

いつものようにお客さんが入ってくる。

「あ、こちらでよろしいですか」
「はい。これください。」
「かしこまりました!あちらへどうぞ〜!」

平日はヒマなもので、昼まで売り上げがない、ということもよくある事だ。

その日ようやく売れた商品。お会計をするのに、レジを打とうとしたところでレジが開かない事を思い出した。

試しに開けてみようとするが開かない。

「すみません、少々お待ちください。」

お客さんにそう言って、急いでスタッフの元へ。

「レジ開けて!お客さんいるから!」
「あ、いや、私お金あります!」
「は?なんで?」
「おつりいくらですか?」
「え?いや、そうじゃなくて。レジ開けてくれれば良いんだけど。」
「私ちょっとならあるので……」
「……え?なに、開けられないの?」
「あー、……はい……」
「え、なんで?さっき開けといてって言ったよね?」
「それが、開かないんです」
「は?なんで?」
「開けれないから」
「……どうゆうこと??まあいいや、鍵かして?お客さん待ってるって」
「無いんです」
「は?」
「無いから無理です」

ここまで来て、ようやくある事に気がついた。

スタッフが、何か隠してる。

「……ちょっと意味がわかんないんだけど……」

「あ!店長、レジにお客さんいますけど、レジあいたんですかー?」
「っいや、だから今聞いてて」
「あれ、もう来たの?たしか一時頃って」
「あ、まだ来てなくて」
「あ、そうだよねー。私もどうしようかってハラハラしちゃったー」
「ちょっと待ってちょっと待って、どうゆうこと?」
「あれ?店長に言ってないのー?鍵持って帰っちゃったから無いって。彼氏が持ってきてくれるのが1時くらいだから、それまでお客さん来ないといいねって話してて……」

「……、そうゆうこと?」
「……はい……。」

ようやく話の全貌が見えた。
なるほど、俺にバレたら怒られると思って黙ってたんだ。

「ちょっと、隣行ってくる」

結局、隣の店にお釣り分のお金をだけを借りて、金額は電卓で計算し、お客さんに商品を渡した。

「お待たせしてすみませんでした〜!!レジのトラブルで、本当に申し訳ございません!」
「いや、まあ、いいですよ」
「すみません。ありがとうございます〜!」

お客さんは心優しい人で、文句も言わずにそのまま帰ってくれてホッとした。

「ちょっと良い?」

そこからは、叱る、というか、なぜ隠してたのかを聞いた。

彼女は黙って聞いていて、こちらをじっと見ていた。

一番気になったのは、彼女が一度も謝らなかった事だ。

(早めに解ってたら、俺がお金を用意してから出勤したって良かったのに。いや、俺が出勤してから言っても良かったんだ。
隠してて、ギリギリまでソレを話さないんじゃどうしようもない。
怒られたくなかったのは解る。だけど、やっていい事と悪い事がある。
たかがレジの鍵を忘れただけのことを店長に言えないなんて、この子は、もっともっと大きな失敗をしても言わない性格なんだろう。
人に迷惑をかけちゃダメだって気持ちよりも、怒られたく無いって気持ちのが強いんだ。
そうゆう性格の人間に大きな仕事は任せられない。
それで良いのか?この子は。)

「おはようございます!」

「おはよう。」

今日も彼女は何も気にしてない風に出勤してきた。

彼女は俺のことを、店長として信用してないのかもしれない。

そして俺は、彼女を信用していいか、解らない。

この子が黙ってた事で、ギリギリになって俺が慌てた事も、焦りながら隣の店にお金を借りに行ったことも、その時頭を下げたことも、お客さんに頭を下げたことも、なんとも思ってないんだろうか?

叱りたくて叱ってる訳じゃないのに。
俺だって叱りたくなんてない。

だけど隠されたら何も出来ない。

ほかの人に嫌味を言われたってべつに良い。

だけど、身内にこんなことをされてしまったら、俺は、何を信用して過ごしたら良いのか。

「いらっしゃいませ〜」

誰もいない店内に、自分の声が寂しげに響いた気がした。

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