365文-サンロクゴブン-

365 SS 2.18

拝啓アイ・ラブ・ユー

始めて君に手紙なぞ書いてみる。

今頃君は、誰と、どんな風に過ごしているだろうか。

今となっては、君が隣にいたあの頃がとても懐かしく思う。

あれはつい先日の事のハズなのに、もう随分昔の事のようだ。

さて、君が同じ会社にいた頃、まさか君が遠くへ行くなんて思いもしなかった。

あれから数ヶ月経ったが、こちらは相変わらずだ。

鈴木さんは俺の話なぞ聞いてはくれないし、山田さんだって俺の話は聞いて無くて二人は楽しそうに井戸端会議を繰り広げている。

専務は呆れきっていて今更注意なんてしない。社長は会社に来るのが遅くて今日も判子を押すばかりだ。

俺の天井の電気は消えかけていて、そろそろ君の高身長が必要だな、と思っている。

君の代わりに入って来たのは神崎君だが、彼はどうにもウィットに富んだ話題が多くて俺にはついて行けない事が多い。

社内は一層くらくなった気がするけど、それを笑うように天気が良い日が続いている。

窓際にある観葉植物も生き生きしてるように見えるよ。

君のバカみたいな笑い声が今は無いから、社内が静かになってせいせいしてるのかもしれないな。

敬具。

PS.
かの有名な夏目漱石は、アイラブユーを『月が綺麗ですね』と意訳した、なんて逸話があるのを知ってるか?
わざわざ書かなくても解っているだろうが念のため記しておく。冒頭のアイラブユーは冗談だ。

そっちの月は綺麗かい?

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手紙を書き終わりペンを置いた。

今は随分時代が進んで、こんな風に手紙なんか書かなくたって、電子メールであっという間に届く。

わざわざ紙とペンを用意して書いたのは照れ隠しだ。

電子メールはすぐに届くけど、絶対に届くことが解っているから面白くない、なんて思う自分はひねくれているだろうか。

日本はとてもしっかりしている国だ。

電車は一分も遅れずにやってきたりするし、財布を落としたって自分のところにちゃんと帰ってくる。

アイツがいるあの国はきっともっと緩いだろう。

あわよくば、この訳の分らない手紙が君に届きませんように、と願うばかりだ。

この手紙が山を越え野を越え海を越えて、どこか遠くに届けばそれで良い。

それこそ、ボトルメッセージのように。

カーテンをずらすと、ひやりと冷たい空気が頬に当たった。

アイツがいる国も、こんな風に寒いだろうか。

月はくるんと綺麗な弧を描いた三日月だ。

思ったよりも早いスピードで進む雲が、三日月を通り過ぎてはまたどこからかやってくる。

それは、お世辞にも綺麗だなんて思えなかった。

End.