開けてみると5センチほどの小瓶と、いちまいのカード。
『満期のため、保険金を支払っております。粗品も合わせてご使用ください。』
と書いてあった。
「粗品?」
小瓶には『一回サボり』と書いてある。
『サボる』という言葉に、ほんの少し嫌な気持ちになった。
サボる、かぁ。
サボるってなんだろう。何をサボるんだろう?
茶色の小瓶を覗き込んだあと、コクっと傾け中身を飲み込んだ。
次の瞬間、ポンっと煙が現れて消えた。
様子がおかしいことに気づいて自分をみると、着替えて出かける準備をした自分がいた。
コートも羽織りカバンも持っている。
トレンチコートの中をめくると、『彼氏とのデートでしか着ない!』と決めてるワンピースを着ていた。
「サボるってそうゆうこと?!」
チラ、とカレンダーを見ると水曜日だった。時計を見ると7時半。
(いやいや、これから仕事なんですけど?!)
慌ててコートを脱ごうとすると、ピキーン!と体が固まった。
「え、え?!なになになにっ?!」
両手両足が勝手に動く。
自分では全く動かせない。
「えええ〜?!」
慌てながらも 自分の意思では体が動かない。いちっにっ、いちっにっ、
まるでなにかの訓練中の時のように体が動いて歩いていく。
「仕事、仕事は?!」
上司に休む連絡しなきゃとか仕事はどこまで終わってたっけ?とか考えてても、構わず両手足が動いていく。
どこにいくんだろう、そう思っていると映画館へ辿り着いた。見たいと思ってた映画がやってる。暫くやることが多くて忙しいから、見る暇なんて無いかもなーと思ってたんだ。
足は勝手に進んでカウンターへ。店員さんに「お決まりですか?」と聞かれて、「クソ野郎と美しい世界、大人一枚。」と答えていた。
その後も足が勝手に動いてトイレへ行って、買う気なんてないのにカウンターへ進む。ウーロン茶にするつもりが「ジュレソーダのピーチ味」なんて言っていて慌てて口をふさぐ。
「ポップコーンもください。」とまた口が滑って驚く。
両手足だけかと思ったらまさか口まで?!
仕方なくお金を支払ってトレーを受け取り、席に座る。
そして映画が始まった。
笑って、びっくりして、苦笑いして、
気づいたら泣いていた。
泣いても泣いても止まらない。
何がそんなに悲しいのか、よくわからない。
それでも涙が止まらない。
映画の内容と言えば、そんなに『泣ける系』なんかじゃなかった。
なのに泣いていた。
心に刺さって苦しくて悲しくて嬉しくて泣いていた。
映画が終わった後は、あんまり泣いたから放心状態。
感情が動きすぎると立ち上がるのも大変なんだと知った。
呆然として、少し思い出すだけでも泣けてきて。
目を閉じて少し落ち着くまで休もうかと考えた。
気づけばまた足が動かないし腕も動かないし目を開けられない。
あぁ、またさっきと同じ症状だ。
本当に、今日はもうどうにも動けないーーー
どれくらい経ったろう、戻った意識と同時に慌てて飛び起きた。見慣れた寝室。驚いてスマホを確認すると土曜日。っおかしい!!日にちが進んでる!時計を見ると7時半。カーテンの隙間から朝日が差し込んでるから朝なんだろう。
まさか無断欠勤で三日間も休んだってこと?!と慌てて会社に電話を掛けようとして、ふと思いとどまる。
無断欠勤だったとしたら着信が鬼のように来てるはず。だけど着信は一件もない。
そうしてふと考える。
忙しいと思ってたけど、急ぎの仕事は無い。よくよく考えみると、三日くらいなら休んだって仕事にそこまでの支障がない。
急に思い出して『一回サボり』の小瓶を探すけど見当たらない。小包はすぐ見つけた、カードを読み返してみると『満期のため、保険金を支払っております。』という文字だけだった。
たしか、粗品って書いてあったはずなのに……
それから、土日は結局そのまま休んだ。
月曜出勤するといつも通りの『おはようー』が待っていた。
誰からも何も聞かれない。
心配になって「ねぇ、わたし木曜休んだよね?」と隣の席の上司に聞いてみると「え?そうでしたっけ?」と言われた。
同僚や先輩にも聞いてみたけど誰も明確な答えを言ってくれない。
「おかしい……、わたし休んだはずなのに…」
「きみはマジメだなぁ〜」
隣に座る上司に笑われて、ビックリする。
マジメ、かぁ……。
結局その三日間の事は今でも良くわからない。
だけど、ひとつだけ、あの日から明らかに違うことがある。肩こりが治った。ずっと痛くて、時々ピキッとした痛みがあった肩こりが、すっかりそんな痛みが無くなった。
『一回サボり』は、保険会社からのご褒美だったのかーーー?
ふぅ、と会社の下のカフェでひとり、コーヒーを飲んだ。時間は15時半。仕事中。上司に頼まれたお使いの帰りのひといき。
考えてみると、それが人生初の『サボり』かもしれない。
肩こりが治ったのは、まさかサボりの効果なのかーーー?
4月7日は労務管理の日!労務管理の日をテーマに書いたフラッシュ・フィクション。毎日『今日は何の日?』をテーマにショートショート書いています。–