「嘘じゃないよ」
交差点を見下ろす形で浮いている。隣を見ると、知らないおじさんが浮いて居た。
「誰あんた」
「案内人ってとこかな」
「案内人?まさか天国への?」
交差点には救急車が来たところだ。地上3メートル?いや5メートルくらい?ここがどれくらいの高さなのか良く解らない。なにせこんなふうに浮いて街を見下ろした事がないから解らないのだ。
スーツのおじさんはフツウの会社員みたいだ。メガネをしてバインダーを片手に持ってる。雰囲気は新居を案内する不動産屋みたい。
「あたし死んだの?」
フヨフヨと浮いてた自分は、知らないうちにさっきよりも高く上がってるみたいだ。交差点で倒れた女性が担架に乗せられて救急車へと運ばれる。
それをぼんやり見ながら自分の人生を振り返った。
思えばずっとこんな感じだ。
私の人生はずっとずっと。
馬鹿みたいな事に巻き込まれて馬鹿みたいな事で悪い方へどんどん転がって馬鹿みたいに終わる。
馬鹿みたいな自分にはピッタリなエンディングかもしれない。
「馬鹿みたい馬鹿みたいって。沢山チャンスなんて与えてたのに。」
メガネの中心を押し上げてコッチを見るおじさん。
「はあ?ってゆうかあんた、私の心の中いま読んだでしょ?!」
「まぁ読めるっちゃ読めるけど読めないっちゃ読めない。まぁとにかく変な事は考えないように。筒抜けかもしれないからね、僕に。」
変なことってなんだよ。そんなこと言われると余計に考えてみたくなりそうだ。例えばこのオッサンがじつはカツラで入れ歯で……
「っあのね、いいから!もう考えるな!そんな事より君には沢山チャンスはあったんだ。それなのに君と来たら……」
ハゲで入れ歯な妄想をしてたら面白くなってきてしまって、懸命に笑いをこらえた。
って、こらえてもコイツにはバレてんのか。まあそれはそれで面白いけど
「あのね聞いてる?!君には沢山チャンスがあったんだよ!」
「ウソだ!!そんなの貰った覚えない!」
「それは君がチャンスだと思わなかったからだよ。宝くじだって当たってたし、クラス1のイケメンとも付き合えたのに。」
「は?宝くじ…?」
宝くじ?そんなの買ったっけ?クラス1のイケメン?ってケント君?
「んなわけ無いじゃん!ケント君は私の親友と付き合っててもうズブズブの関係だったんだよ」
「ケント君は君の親友より先に君のことが好きだったんだよ。机の中にプレゼントが入ってただろ」
「プレゼント〜???」
一瞬考えて見るけど全然そんなの思いつかない。机の中にプレゼント?机の中って、私の机の中?あぁ、一個だけあった。でもあれは。
「机の中に入ってたのは、クラス1の陰気なヤツがくれたチェック柄のハンカチだけ。ワザワザお揃いで買ってきたのよ」
「だからそれがケント君のプレゼントだよ。」
「はあ??」
こうして私はオッサンにあれこれ聞いて、あのハンカチが本当にケント君からのものだって解った。
宝くじも本当は当たってた。当選日のことなんてすっかり忘れてて、その券が出てきたのは随分後の事だった。私は当たってるわけ無いって思ってたから、レシートと一緒に捨てたんだ。
全然気づかなかったけど、言われてみればその通り。オッサンにアレコレ教えられて、私はほんの少しだけ改心した。
オッサンに教えて貰ったことは3つ。
・自分で自分の事を諦めない事。
・すぐにイジけて拗ねない事。
・終わってないのに決めつけない事。
「そっか〜…。たしかにね〜…。」
オッサンに言われて解った。
自分で自分の首を締めてたことが解った。
たくさんチャンスはあったのに、イジけて拗ねて、見ないふりをしてたんだ。
ようやく気がついて、その事を受け止められた。
まぁ、もう死んじゃったけど。
それでも、今気づけたならまだマシな人生だったのかもしれない。
そんなふうにポジティブに思えた。
最後の最後で気がついた私はやっぱり馬鹿みたいだったけど、せめてこのオッサンには感謝したら、まだ極楽浄土ってヤツに行けるのかもしれない。
「オッサンありがと。私ようやく解ったよ。今更気づいたって遅いけど、ここで気づけただけまだマシかも。ちょっとだけ改心したから、出来たら天国に案内してよ。」
最後のお願い。なーんて。
オッサンは「オッサンってなぁ」と不服そうに言った。
そしてオッサンは白くなって視界も白くなって意識も遠くなってった。
あぁ、とうとうこの世ともオサラバか。
ありがとうって、言えればよかったなぁ。
いや、あのおっさんにありがとうって言えただけ良いか。
ありがとうオッサン。ありがと。
目が覚めたら白くて汚い天井だった。
謎のまだら柄の天井。なんだかフワフワする。ボンヤリしながらも明るいほうへと顔を向けたら窓があった。
ああ、死んでなかった。ここは病院だ。
そう思った。
私はあの交差点から、病院に運ばれたらしい。そして一命をとりとめた?
逆方向を見るために、ゆっくり頭を動かした。
隣には見知らぬおばあさんが眠ってた。その奥は廊下があるらしい。
天井をもう一度みて、窓を見て、おばあさんを見て。
見回してみるけどあのオッサンはもういなかった。
おっさん。おっさん。私わかったよ。もう見逃さないよ。
チャンスは沢山あるんだ。
チャンスをチャンスだって思ってなかったのは私だったんだ。
今までのチャンスに気づけてなかったのは残念だけど、これからのチャンスには精一杯向き合っていこうと思うよ。
じんわり涙が溢れて来て、わたしは窓の向こうを見た。
誰も浮いてないけど、なんだか泣きたくなったんだ。
あぁ、生きてて良かった。私生きてて良かったよ。
これからは自分の人生、もっときちんと大事にするよ。
「……さん!」
全然別人の名前を呼ぶ声に反応して私は廊下の方を見た。
看護師のお姉さんが私を呼んでる。
いつもの事だけど私はもうイヤだとは思わなかった。
読み間違えやすい私の苗字。違う読み方をされても、別に気にしない。
私は笑って「はい」と答えた。廊下からアルコール消毒の匂いがした。
私の心も、一気に消毒されたのかもしれない。