「おはようございます」
後ろの方で声が聞こえた。この時間に人がいるのも珍しい。コツコツ歩いてくる足音が近づいてくる。どんな人なのか、女性が通り過ぎる時にこっそり横を見たら「おはようございます」と声を掛けられてビックリした。女性はにこやかに軽く会釈して通り過ぎていった。軽い足取りが響いて遠のいて行く。
挨拶された?まさか
「今日は天気が良いわねぇ」「えぇ、ほんとに」
歩いているとそんな声が聞こえてきた。ここの家に住んでるおばちゃんだろうか?庭先で片手にジョウロを持っている。もうひとりはエプロンを着けたままで、お弁当でも作ってたんだろうか?
朝6時。
この町はすでに起きている。
前の町では6時は寝ていた。
誰もいない静かな朝だった。
一軒家を通り過ぎる時、おばちゃんがこちらにむかって会釈した。
後ろを振り返ったけど誰も居ない。まさか自分に?そう思いながら、無視するのも失礼だと思ったから小さく会釈した。
「いってくる」「あら、ご飯もう食べたの」「食べた」「いってらっしゃい」「おはようございます。お気をつけて」「おはようございます。」
家のドアが開いて、お父さんだろうか、声がした。家の前の門を開けて道路へ出てくる。自分よりも早い足取りが近づいてくる。
「おはよう」
通り過ぎる瞬間そう言われて、「っょうございます」と慌てて声を出した。
なんとなく言われる気はしたけど本当に声を掛けられた。
この町、すごい。
歩きながら、ときどきあるコンビニや信号待ちをして少しずつこの町を知って行く。
町が綺麗だ。ゴミが全然無い。玄関口に置いてある花たちはきちんと手入れされている。
ふと見ると、小学生くらいの子供が数人、ゴミ袋を持ってゴミ拾いようのトングを持って歩いていた。
「はようございまーす」
思春期だろうか、そっぽを向いてるのに挨拶された。
「おはようございます」と返事した。「おはようございまーす!」と声を揃える子供。「おはようございます」と返事した。
あんまり好意的だから、「君たちが毎日ゴミ拾いをしてるの?」と聞いてみた。
「ううん、あんまりしてない!」と答えた。
「あんまり?」
「うーん、全然!」
「全然?」
「だって落ちてないんだもん!」
「そっか。そうだよね。なんで落ちてないんだろう?」
「えー?なんでって、落とさないからじゃない?」
「そうだよ!道に捨てちゃダメなんだよ!」
「そうなんだ。でも、君たちは、それでもゴミ拾いしてるの?」
「遊んでんの!」
「遊んでるの?」
「ゴミ拾いするんだよって学校で決まってるの!でも、ゴミ無いから遊んでる!」
「そうなんだ。えらいね。がんばってね」
そう言ってまた歩き出した。「だからゴミ拾いしてないんだってば!」子供たちは笑いながらはしゃいでいた。
『落とさないからじゃない?』か。まさかそんな風に思ってる人が自分以外にも居たなんて。
ゴミが街にあるのは、捨てる人がいるからだ。
捨てる人が居なければそもそもゴミなんて落ちてない。
この街には捨てる人が居なくて、だから拾う人も居ない。
ゴミ拾いを日課にしてた自分にとってはちょっと物足りない気もするな。
なんて考えて、ちょっと笑ってしまった。
「おはようございます」
「おはようございます。」
通り過ぎる男性に挨拶されて、返事をした。
気持ちの良い朝だ。
こうしてみんながみんなを思いやれば、世界はきっと良くなって行くのに。
無駄な戦いや争いも起きず、みんながみんなを思いやって、優しい世界になれば。
技術を進歩させるよりも、心を育てるほうがよほど平和に近づくと思う。
それこそ世界の水不足も解決するんじゃ無いだろうか。
ああ、でも。
ポツポツと小さな衝撃が頭に当たって空を見上げた。晴れを侵すように曇が頭上に来ていた。雨だ。
カバンから折り畳み傘を取り出して開いた。
子供たちも傘を持ってたらしい、振り返るといつのまにか色とりどりの傘がくるくると回っていた。
うん。
やっぱり天気予報は必要かもしれない。
3月23日は世界気象デー!世界気象デーをテーマに書いたフラッシュ・フィクション。毎日『今日は何の日?』をテーマにショートショート書いています。–