百〝見〟は一〝動〟にしかず【コラム】

〝百聞は一見にしかず〟という言葉がある。.

〝百聞は一見にしかず〟という言葉がある。

最近わたしは、ブログのネタを探すためにも、頻繁に他の人のブログを見ている。

それで思った事がある。

元々検索魔の私は、色んな人が書いたブログを見ては納得したり、他の人の意見に〝なるほど〟なんて影響される。

しかし、実際自分で〝ブログを毎日書く〟という目標を決めて本気で取り組むと、解ってきた真理のようなものがある。

それは、どんなに他の人の言葉が自分に響いたとして、どんなに考えさせられたとして、〝実際自分でやってみて感じた事、考えた事と比較すると、雲泥の差で理解度〟が違うと言うことだ。

自分で実際にやってみたことの理解度の持つエネルギーは凄い。


当たり前かもしれないが、最近そのことを特に強く感じるようになった。

今までの自分はと言えば、物事の〝真理〟を知ったようなフリをして、むしろ実際〝知ってると思いこんで〟、偉そうに友人や後輩、先輩に話してきた。

しかし、どれだけ解った風なフリをしていても、〝自分が実践して感じた事〟と比べると、圧倒的に理解度が違う。

今まで自分が考えていたことがとても陳腐なモノに思え得るほどの差だと思う。

それで、ふと思いだした〝百聞は一見にしかず〟だ。

百の言葉を聞いても、ひとつ見たものには敵わない

私は、そうゆう意味だと理解している。

とても有名な言葉ではあるが、ふと、自分の中に浮かんだ。

「百聞は一見にしかず、なんて良く言うけど、百の画を見たって、結局〝1つ動いた〟事には敵わないよなぁ。」

〝自分がやってみて得たこと〟の凄さを知ると、〝いくら沢山の画を見ても、1つ動いた事には敵わない〟ということ。

思わず〝百見は一動にしかず〟だな、なんて思ったのだが、〝似たような言葉があるんじゃないか?〟と検索し始めたら、その答えはすぐに出てきた。

〝百聞は一見にしかず〟の続きがある事をご存じだろうか?


答えはすぐに出てきた。なんと、〝百聞は一見にしかず〟には続きがあったあのだ。

恥ずかしい話だが、私は今日まで、続きがあることなんて知らなかった。

子供でも分かることわざ格言辞典と慣用句の意味
百聞は一見にしかず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
百見は一考にしかず(ひゃっけんはいっこうにしかず)
百考は一行にしかず(ひゃっこうはいっこうにしかず)
百行は一果にしかず(ひゃっこうはいっかにしかず)
引用:百聞は一見にしかず、の続きはこんなことに

百聞は一見にしかず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)

見は、見る。(視覚)

百見は一考にしかず(ひゃっけんはいっこうにしかず)

考は、考える。(思考)

百考は一行にしかず(ひゃっこうはいっこうにしかず)

行は、行う。(行動)

百行は一果にしかず(ひゃっこうはいっかにしかず)

そして最後の〝果〟とは、果実の果(か)。

つまり、なしとげる。はたす。

実りあるものにしなければ、意味が無いのだと。

私は、そんなふうに思った。

別バージョンもあるらしい。


ここで終わりかと思うと、実は〝別バージョン〟もあるらしい。
それが、これだ。

百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
百見は一考に如かず(ひゃっけんはいっこうにしかず)
百考は一行に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず)

百行は一効に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず)
百効は一幸に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず)
百幸は一皇に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず

一行、までは同じとして、追加?で違う漢字が並んでいる。

百行は一効に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず)

効は、効く。(効果)

百効は一幸に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず)

幸は、幸せ。(幸福)

百幸は一皇に如かず(ひゃっこうはいっこうにしかず

そうして本当の最後は、皇。

〝皇〟は、〝天皇(てんのう)〟くらいでしか使わない漢字ですよね。
高貴だという事は解るのですが、それ以上の意味が思いつかなかったので調べてみました。

①きみ。天下を支配する者。天子。「皇帝」「教皇」 ②すめらぎ。天皇の古い言い方。また、わが国。 ③天皇に関する語につける敬称。「皇位」「皇室」 ④あわてる。「倉皇」

漢字ペディアより

……なんとなくピンとこないので、ほかにも調べてみました。

漢字・漢和辞典-OK辞典より

中でも、下記の言葉が一番しっくりきました。

⑤「大きい」、「広い」

なるほど。それならば理解しやすい。

荘厳で、大きく、広い。宇宙のように果てしなく遠い。

そんな意味を思いました。

ミライへ


さて、まさかこんな大それた(?)話になると思ってはいなかったのですが、なんだか自分の中で納得したところがありました。

〝百聞は一見にしかず〟は、まだまだ先があったんだという事。

良く見知った〝百聞は一見にしかず〟は導入部分で、物事の心理までは到底もっと先へと続いているんだという事。

なんだが勉強になりました。

そして、〝百聞は一見にしかず〟が、〝百聞は一見にしかず〟だけで終わりでは無かった、という事実が嬉しい自分がいます。

もっともっと先へ進むための、まだまだ導入部分なのだという事。

まだまだ目指すべき未来はあるのだという事。

まだまだ自分の知らないことはあるのだという希望。

希望を感じるのは、きっと自分が〝もっと先へ進める〟と確信を持ってるからなのでは無いかと、今、思います。


……なぜか今、〝ももいろクローバーZ〟の〝コノウタ〟が脳内に流れて居ます。

『まだちょっと、つたないんだけど。』

コノウタ、からの、私の大好きな〝ももいろクローバーZ〟の〝走れ!〟の歌詞で終わりにしようと思います。

『それでも答えは出せないよ。
少しの言葉の言葉出せないよ

君が、好き、それだけで世界を

変える?変わる。』

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This article was written by ねこ