反抗期の原因?『ひとり』の時間が無い

わたくし32歳、独身。現在職なし。お恥ず.

わたくし32歳、独身。現在職なし。お恥ずかしながら反抗期まっただなかです。

・・・。笑

自分で書いておいてなんだけど、32歳にもなってなぜ反抗期???と疑問。

というのも、『どうも自分の人生を歩んでない』と感じてしまったせい・・・。

そもそもソレ自体が『良い歳した大人が何を言ってるw』と思うんですが、まぁしかし思春期に反抗期と言った反抗期をしてなかったからしょうがない。(たぶん)

最近では『反抗期がない子供も居る』理論?もありますが、私32歳、今になって反抗期が起きてる身としては、『やはり反抗期はあるべき』だと思います。

なぜなのか?ちょっと書いてみます。

反抗期をしない理由

まずは反抗期をしない理由について書いていきます。

1『私の意志で反抗期をしない』と思いこんでいた

そもそもなぜ私は思春期に反抗期が無かったのか?
いや、『反抗期が全くなかった』と言えば嘘になるでしょう。思春期ながら悩んだりもしました。
・・・が、例えば『ばーか!』と母を罵ったり、モノに当たったりと言った、そこまでハッキリとした反抗期はありませんでした。
それは『反抗期が出来る力が無かった』。つまり、『反抗期をしたら家から出されるかもしれない』という恐怖のようなものがあったんだと今では思います。
これは今だから解ることであり、当時はそんな事思いもしませんでした。
基本的に人って自分の考えている事を正当化したい生き物なんですよね。
『私は私の意志で反抗期をしない』と思いこんでいました。

2『反抗期は悪いこと』だと考えていた。

さて私は女ですが、早い子なんかだと小学校高学年には反抗期を迎える子もいたりします。そんな噂が母の耳に入ったら当然・・・、
『あの子、反抗期なんだって。大変ねぇ』
そんな風に母に語りかけられます。思春期、成長期を迎える前にそんな風に母から聞かされるとどうなるか?
『反抗期ってイケナイことなんだ。』と理解します。そうすると、反抗期は良くないことだと考えて、『反抗しちゃいけないんだ』という考えになるのです。
結果、『母の為に反抗期はしない』という感覚が知らず知らずのうちに身につきます。『反抗期』と呼べるほどの反抗期が無かった私は、母から『あなたは育てやすくて良い子』と誉められました。
今になって思うのは、『育てやすい=良い子』ってどんだけご都合主義だよ!!と感じます。私の母は明確に『面倒な子=悪い子・イヤな子』『おとなしい子=良い子』だと私に教えてきました。
結果、反抗期をしないまま大人になりました。

3『反抗期はダサい』という価値観を教え込まれた

2に通じますが、母は『反抗期をする子はダサい』と考えていたようです。思春期ですから『ダサい』という言葉には敏感です。ダサくなりたくないが為に、反抗期をしない、という選択を私はしました。
大人の価値観からすると、反抗期を終えた自分を振り返って『あのころの自分はダサい事をしたなぁ・・・』というのは正しいと思います。
しかしそれを反抗期をしてない人へ向けて『ダサい』と伝えるのはどうでしょうか。
『ダサい』と言われた思春期の子は反抗期をしないまま大人になるかもしれません。
私の場合は、反抗期が無いまま大人になりました。

4友人と遊ぶとイヤな顔をされる

反抗期の友人と遊ぶと当然ながら母親はいやがります。私は一時期、変わったことをする友人と良く一緒にいました。
私の感覚からすると悪い子ではないし、さほど悪いことはしていないのですが、母は『悪友とばかり遊んで』と私に言いました。
・・・というか、そもそも私には同世代の友人がほとんどいませんでした。
同世代の子と遊ぶとどんな事があるでしょうか?
例えば電車に乗って遠くまでお出かけ。浴衣を来てお祭り。みんなでプール。時には遅くなってしまう事もあります。友人の家にお泊まり。
沢山の楽しそうな事について母は心配して、遊びに行く事じたいに良い顔をしませんでした。
『お母さんと買い物に行こうよ』そう行って私を誘います。
いつしか私は母とばかり出かけるようになりました。母と一緒にいれば口うるさく聞かれることもないし、お金も出してくれるし、移動手段にも困らないからです。
気づけば同世代の友人とは違う感覚になっていて、私はどこか浮いている存在となっていたのだと思います。
母とばかり一緒に居たので、感覚が大人っぽかったのかもしれません。その方が母も喜びました。しかし、大人っぽい感覚を持っていても、実体験はありません。
実体験が無いまま『反抗期なんてダサいよ』という変わった子になっていました。

5『母に嫌われたくない』ので反抗期をしない

ここまで来てだいたい理解して貰えたと思いますが、私の友人は『母』となっていました。とはいえ母はやはり母で友人ではありません。
本来、同世代の友人がいるわけです。同世代の友人にしか出来ない経験や体験というのはやはりあるのです。
例えば危険な事だったり冒険です。母はやはりどこまで行っても母なのです。危険そうな場所には行かせないし、家族だからこそ家に帰ればずっと一緒です。この時点でやはり『母を友人関係』として捉えるのはオカシイのです。
そんな私の友人、母に嫌われないように私は試行錯誤します。
男の子はお金持ち、下心がある男の子とは仲良くなってはいけない、遅くまでの外出はダメ、夕飯は家で食べる・・・
もちろん、常にすべてを守っている訳ではありません。しかし『イケナイことだ』と解っているので罪悪感が常にありました。『楽しい!』と遊んで帰って叱られるほうが健康ですが、『もうこんな時間』と心の中で罪悪を感じながら遊び、家へ帰って叱られます。これでは不健康ですよね・・・。
いつもよりもすこしでも遅くなればすぐに母から連絡が来ます。
本来であれば反抗期があるはずの思春期、私はずっとビクビクしながら遊んでいました。

6愛を感じていない

さて、上記をまとめてみましたが、結局のところ、『愛を感じていない』のだと思います。
『親心』として心配なのは当然です。しかし、子供からすれば『悪いことをする私は愛されない』と思ってしまっている可能性があります。これは一見、ふつうの事だと思う人も多いかもしれません。
逆に考えるともう少し解りやすいかもしれません。『良い子だから愛されているんだ』と感じていると言うことです。
これを『条件付き愛情』と言うそうです。
良い事をしないと愛されない。極端に言うと、『悪いことをすると捨てられる』と思ってしまっているんですね。

反抗期はあるべき!と思う理由
さてここまで『私になぜ反抗期が無かったのか?』を書いてきました。次は『反抗期はあるべき』だと思う理由です。

なぜ反抗期が必要なのか?

1『嫌わない人も居るんだ』という経験を得るため

そもそも反抗期はなぜあるのでしょうか。反抗的な態度をとって、悪いことをするのは何故なのか?
反抗期は、『自分が愛されているか確かめる事』です。
つまり子供が『親の愛』を試しているんですね。『私はこんな悪いことをするわよ!』という態度に出たとき、『それでも私はあなたが大切よ』と親に認めてほしい訳です。
これは今後の人生や価値観に関わってくる大切な行程です。
子供は全力で親を試します。今後の人生に影響するのだから当然です。
『本当は私は悪い子なのよ!良い子じゃないのよ!』そんな態度で親を試し、『あなたは生きてるだけで価値があるのよ』と言ってほしいのです。
120%正しい事ばかりするのが『良い人間』なのでしょうか?
そもそも『良い人間』とは誰にとってなのでしょうか。
人として一人前の大人になる為に、『悪い人でも良い』という行程が必要なのだと思います。
誰かにとっての良いことは、ある誰かにとっては悪いことなのです。
これから沢山の人に嫌われる可能性があるので、絶対の自信を得るために、嫌わない人も居るんだという事を理解するために、まず最初に親を試すのでしょう。

2絶対の自信を得るため

親から嫌われなかった子供は、立派な大人になることが出来るでしょう。
『嫌われたって良い』と全力でぶつかる事こそに意味があります。
途中で怖くなり『やっぱり反抗期はダメだ・・・』と弱気になってしまっては意味がありません。
反抗期が出来なかった場合や、うまくいかなかった場合、大人の仮面をかぶった子供になってしまうのかもしれません。
自分一人で乗り越えられれば良いですが、やはりまだ未成熟なので難しいと思います。
なんでもかんでも『親のせい』と言う人が居ます。そんな人に対して『いつまでも親のせいにして』と言う人も居ます。
『いつまでも親のせいにして』と言える人は、大人として生きていけてるのだと思います。
親以外に良い指導者がいたのかもしれません。それでは、良い指導者や友人や親が居なかった場合はどうなるのでしょうか・・・。大人のふりをしたまま、自信が無いまま生きていくのかもしれません。

3自分らしく生きるため

結局のところ、反抗期は必要なのか??そう考えた時、反抗期がないまま大人になっている人も沢山いると思います。反抗期があったけど、自信が無いまま生きてる人も沢山いるでしょう。
では結局、反抗期は必要なのか?
反抗期とは、自分らしく生きれるかどうかだと思います。
うまく反抗期を過ごせなかった場合は、誰かに嫌われるかもしれないと人の顔色を伺っていたり、相手を怒らせないようにと言いたいことも言えずにストレスをためていく・・・。
それではあまりにつらいので、反抗期があるのでしょう。
嫌われても良いから自分らしく生きていく。
そのために反抗期があるのだと私は思います。

まとめ!一人の時間が圧倒的に足りない

私がこんな歳になって反抗期をしている理由に、『ひとりの時間が少なかった』という事が思い浮かびました。

『一人の時間』と表現するのも難しいのですが、つまり『自分と向き合う時間をとってきたか?』という事です。
人は一人で生きてはいけません。でも、自分が自分の見方をしてあげられなかったら、ずっと誰かに『見方になって貰う』ことになります。それを依存と言うのだと思います。

誰かに心の支えになってもらえないということは、自立が出来ていないということだと思います。

自分自身ときちんと向き合って自分を確立した人は強いです。

私はそんな風になりたい。

誰かに依存せずに、自分に自信を持って自分を肯定して生きていきたい。

そう思ってから、私は反抗期を今更ながらすることにしました。

さて、現代っ子はスマホやテレビやネットなど、依存できるものが沢山あります。

そんな彼彼女らが大人になったとき、どうなるのでしょうか。

みんなでみんなを支え合い、依存しあう環境になるのでしょうか・・・。

格差は広がっていくのだろうなと感じています。

本当の幸せを、自分で自分を幸せにしてあげるために、私はもう少しあがいてみたいと思います。

おわり!

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This article was written by ねこ