365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

18時頃

「家にひとりで居たから、ビックリしてね~」

ひとりで家にいて、おそらく怖かったから心細くて家から出てきたんだろう。

「そうですよね~」

私は相槌を打っていた。おばさんと話しているうち、話は趣味の方へ移って行った。おばさんはなんでもSOPHIAが好きらしい。
共通点と言えるか解らないが、私は昔L’Arc-en-Cielが好きだったのでその話をした。
おばさんは明るく、テンション高めに話しはじめ、ライブに行った時の話も聞かせてくれた。

きっとお互い心細かったのもあり、あっという間に意気投合した。大地震という異常事態に、おそらく多くのひとが興奮していたのではないかと思う。

出会ったばかりであろう他人たちが、そこかしこで話をしていた。いつの間にか私もその風景の一部になっていた。フツウの光景に馴染めたような安心感。

「避難所に行こうかしら・・・」

まだ話し相手を見つけられていない不安げな奥さんもいた。

「近くの公民館はもう埋まってるらしいですよ。学校なら、まだあいてるかもしれないですよね・・・」

私はそんなふうにTwitterで知っている情報を伝えた。
おばさんは私のことを気にかけてくれた。

「そういえばあなたは、どこに住んでるの?」

個人情報の扱いにうるさくなってきている昨今、自分の住んでいる場所を言うのは危険かもしれないと頭をかすめたが、今はそんなことを言っている場合でもない。なにせおばさんは悪い人には見えなかった。私は、自分が住んでいる地域を言った。

「帰れるの?」
「うーん、電車が止まってるらしくて。帰れないですね・・・」
「まあ!そうなの?」

おばさんは少し考えた後、「うちに来たら?」と言ってくれた。

出会ったばかりのひとの家に行くのはいかがなものか。そう思ったけど、なにせ帰る宛なんて無かった。電車は止まってる、タクシーで帰ろうとすれば帰れるかもしれないけど、手持ちのお金では足りないかもしれない。親が家にいるかも、解らない。

「あー・・・、でも、旦那さんとか困るんじゃ・・・」

おばさんの家に行くとなると、私も私で不安なことはあった。
ほかに家族はいるんだろうか。旦那さんがこわいひとだったらどうしよう。そう思っていると、おばさんもそれを察したように話しはじめる。

「おとうさんは大丈夫だと思う。今は仕事場にいるけど、そのうち帰ってくると思う。○○って言う建設会社で働いてるのよ。若い夫婦も本当は居るんだけど今は関西のほうに行ってるからほかには誰もいないわ。」

私が安心するように、きっといろいろと情報を伝えてくれた。こんなふうに私の気持ちを考えてくれるひとならば、きっと大丈夫だ。

建設会社の名前については私は知らなかったが、おばさんの話しぶりに有名な建設会社なんだと解った。
なにより私の父の仕事と関連するような会社だと知り安心した。
建設会社だったら大丈夫だ、という気持ちもあった。

「すみません、じゃあ、おじゃまさせてもらっても良いですか?」
「いいわよ!私たちも二人きりだと怖いし、ぜひ来て!なんにも出来ないけど・・・」
「いえいえ、ぜんぜんそれは大丈夫です。むしろありがとうございます。実は私も帰る宛がなくてどうしようか困ってたので、すごく助かります。ありがとうございます!」

かくして私は、その日出会ったばかりのおばさんの家へ泊めてもらうことになった。

私はとても運が良いと思う。まさか公園で野宿する訳にも行かないし、近くに友人も住んでない。運転出来る車もないし、免許もない。

やさしいおばさんに出会い、SOPHIAの話で盛り上がり、泊めてもらえることになった。

L’Arc-en-Cielが好きで良かったと思った。SOPHIA好きの友人が居て良かったと思った。

同時に、SOPHIA好きの友人が無事かどうか、海沿いに家がある友人の両親が大丈夫かどうか、あたまをよぎっていた。

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テーマの著者 Anders Norén