「メロスは激怒した。」 す、っと教室の空気がピンと張り詰める。
歌うように奏でる声。
彼女の声が好きな人が多いと思う。
クラスのメンバーは誰もそんなことを言わないけれど、彼女の朗読が始まると、不思議と教室は静かになる。
「必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。」
国語の授業なんて好きでもなんでもない。
先生に当てられるのも面倒。
だけどたぶん、クラス中のほとんどのひとが、彼女の声に魅了される。
いつもは五月蠅い教室も、彼女が朗読してるときは、緊張してるような、クラスに彼女しかいないような、クラス中が彼女の声に集中してるような、そんな気配がする。
「メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。……」
もっと聞きたい、と思ってしまって、先生も彼女を止める事をいつも忘れる。
一段落まで、という決まりがあるのに、すらすらと声を奏でていく彼女。
転がる鈴のように。まりが跳ねるように。穏やかで、ずっと昔から流れているラジオに夢中になるみたいな。
「……っと、そこまで」
先生が彼女を止めると、彼女は「はい」と小さく返事をして着席した。
「ごめんごめん、けっこう読んでもらっちゃったな。じゃあ次…」
佐伯にバトンタッチすると、クラスが少しだけ和らいだ気がした。
彼女の朗読はとっくに終わっているのに、きっといつまでもクラス中の心に響いてる。
朗読の音が、彼女にはぴったりだと思う。
6月19日は朗読の日!朗読の日をテーマに書いたフラッシュ・フィクション。毎日『今日は何の日?』をテーマにショートショート書いています。–