365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

365 SS 3.3

七段の雛飾りを眺めている少年が、そこには居た。

しゃんと背筋を伸ばして、ちゃんと正座をして。

どんな行動を起こすんだろうと、見守るつもりで、部屋を通り過ぎるたびに、目をやった。

だけど少年は、静かにそこにいる。

3度目通り過ぎようとした時、まだ少年はそこにいた。

自分の衣擦れの音。靴下が畳を擦る音。

静かな空間を壊さぬように、けれども存在が解るように、部屋に入る。

あんまりじぃっと見つめてるもんだから、『欲しいのかい?』と問いかけてみた。

少年は振り返りこちらを見て、じぃっと。

それからまた正面を向いて、『べつに』と言った。

たしかこの少年は、5丁目の角に住む奥さんところの、一人息子だったか。

妹が欲しいのか、姉が欲しいのか。それとも、お嫁さんがほしいのか?

七段飾りが面白いのか。きれいだと思ってるのか、女の子になりたいと思ってるのか。

じぃっと見つめる少年の姿は静かに、凛として、なのにどこか寂し気な、そんな背中。

どうしてそんなに見つめているのか。

心の中が、なぜかざわざわする。

不思議な子だ。

まっすぐ見つめるその瞳が見てるものがなんなのか。

どうしてか、嫌な気持ちもする。

なにか、真理を見つめてるような。

この世の道理を見透かすような。

神仏でも見えているかのような。

放っておいてあげたいのに、放っておけないような。

だけど、放っておいてほしそうな。なのに、構ってもらえるのを待っているかのような。

どうしてか心の中がザワザワして、何かこの子にしてあげたい。

畳の縁を避けながら廊下へ進む。客人用の菓子が何かあるはずだ。居間へ向かい、みっつ雛あられを取り出して、元の部屋へ入った時、少年は居なくなっていた。

七段の雛飾りが、静かにそこにあるだけ。

少年が見たものは何だったんだろう。

自分に見えない何かが見えていたのか、それとも何か盗みを働こうとでもしていた?

いや、彼はそんなことしないだろう。雛飾りはそのままで、大きなぼんぼりがゆっくりと回る。灯った明かりが静かに照らす位置を変えていく。

彼の両親は少し前に離婚して、母子家庭。

そんな情報を今更思い出しながら、気づけばぼんぼりを真っすぐ見ていた。

『どうかしたんですか』と新たな客人に聞かれながら、おみやげです、と菱餅を手渡された。

彼に成り代わって、自分も、誰かにそう見えていただろうか?

そんなことを想った。

End.

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フラッシュ・フィクション。3月3日は雛祭り。ショートショート(ショートストーリー)毎日『今日は何の日?』をテーマに書いています。–七段の雛飾りを眺めている少年が、そこには居た。しゃんと背筋を伸ばして、ちゃんと正座をして。だけど少年は、静かにそこにいる。

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