七段の雛飾りを眺めている少年が、そこには居た。
しゃんと背筋を伸ばして、ちゃんと正座をして。
どんな行動を起こすんだろうと、見守るつもりで、部屋を通り過ぎるたびに、目をやった。
だけど少年は、静かにそこにいる。
3度目通り過ぎようとした時、まだ少年はそこにいた。
自分の衣擦れの音。靴下が畳を擦る音。
静かな空間を壊さぬように、けれども存在が解るように、部屋に入る。
あんまりじぃっと見つめてるもんだから、『欲しいのかい?』と問いかけてみた。
少年は振り返りこちらを見て、じぃっと。
それからまた正面を向いて、『べつに』と言った。
たしかこの少年は、5丁目の角に住む奥さんところの、一人息子だったか。
妹が欲しいのか、姉が欲しいのか。それとも、お嫁さんがほしいのか?
七段飾りが面白いのか。きれいだと思ってるのか、女の子になりたいと思ってるのか。
じぃっと見つめる少年の姿は静かに、凛として、なのにどこか寂し気な、そんな背中。
どうしてそんなに見つめているのか。
心の中が、なぜかざわざわする。
不思議な子だ。
まっすぐ見つめるその瞳が見てるものがなんなのか。
どうしてか、嫌な気持ちもする。
なにか、真理を見つめてるような。
この世の道理を見透かすような。
神仏でも見えているかのような。
放っておいてあげたいのに、放っておけないような。
だけど、放っておいてほしそうな。なのに、構ってもらえるのを待っているかのような。
どうしてか心の中がザワザワして、何かこの子にしてあげたい。
畳の縁を避けながら廊下へ進む。客人用の菓子が何かあるはずだ。居間へ向かい、みっつ雛あられを取り出して、元の部屋へ入った時、少年は居なくなっていた。
七段の雛飾りが、静かにそこにあるだけ。
少年が見たものは何だったんだろう。
自分に見えない何かが見えていたのか、それとも何か盗みを働こうとでもしていた?
いや、彼はそんなことしないだろう。雛飾りはそのままで、大きなぼんぼりがゆっくりと回る。灯った明かりが静かに照らす位置を変えていく。
彼の両親は少し前に離婚して、母子家庭。
そんな情報を今更思い出しながら、気づけばぼんぼりを真っすぐ見ていた。
『どうかしたんですか』と新たな客人に聞かれながら、おみやげです、と菱餅を手渡された。
彼に成り代わって、自分も、誰かにそう見えていただろうか?
そんなことを想った。
End.
フラッシュ・フィクション。3月3日は雛祭り。ショートショート(ショートストーリー)毎日『今日は何の日?』をテーマに書いています。–七段の雛飾りを眺めている少年が、そこには居た。しゃんと背筋を伸ばして、ちゃんと正座をして。だけど少年は、静かにそこにいる。