365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

17時頃

先輩と別れてすぐ、私はスマホで情報収集を始めた。

先輩に『帰れる』と言ったものの、おそらく帰れないであろう事は解っていた。

Twitterで『駅の天井が落ちた』といった内容のツイートを見かけていたのだ。

天井が落ちたということは、おそらくほかにも不具合が出たであろう事は容易に想像できた。

以前にも大きな地震で電車が止まった事があったし、先ほど体験した地震は、今までとはまるで違うレベルの地震だと解っていたからだ。

あんなに大きな地震だったのに、通常通り電車が動いているとは逆に考えづらかった。

先輩は地下鉄で通勤していて、地震には電車よりも地下鉄のほうが『つよい』のも解っていた。

なにせ地下にあるのだから、あれだけ大きな地震でも、動いてる可能性はあると思った。

会社から地下鉄の駅までは、徒歩10分程度。

どんどん増えていくツイートや、誰かがリツイートしてくれた情報を見ながら、それから30分ほどその場に居た。

地下鉄が万が一動いて無かった場合、先輩が戻ってくると思ったからだ。

地震があったのは15時前なのに、続く余震や興奮、そして異常事態の出来事に、時間の感覚がおかしかった。

30分が3分に感じる。

流れているツイートは、役に立つ情報もあったし、本当かどうか怪しい情報もあった。

『津波が来るから、海沿いのひとは今すぐ逃げて!!!』

15時前にツイートされたであろう呟きが、まだリツイートされていた。

地震直後に私も見かけて、危険を知らせるために私もリツイートした呟きだった。

気づけば17時近くになっていて、私は歩き出す事にした。

もっと居れば上司が帰ってくるかもしれなかったが、どこかの道で引っかかっているかもしれない。

この異常事態で何時に帰ってくるかも解らない上司をいつまでも待っては居られないと思った。

『公民館や小学校は、もういっぱいでひとを受け入れられません!』
『電車止まってます。帰宅難民になりました。』
『電車動かないから、帰れない人はどこか避難所に行った方が良さそうです。』

そんなツイートを見て、私は歩き出した。

会社は、JRの駅までは徒歩で30分は掛かる場所だった。

電車が動いてないということは、帰れないということは解る。

駅から遠いから、近くの学校とかはもしかするとあいているかもしれない。

駅までの途中にある学校の様子を見に行こうと歩き出した。

会社の前の道を抜けて角を曲がり、しばらく歩いた時、いつも通り過ぎる公園に人がまばらに集まっていた。

(ここに居よう。そういえばRPGゲームでも何か問題が起きたら村や町に行って、人に話を聞くんだ。)

いまだに落ち着かない興奮状態で、私はなんだか明るい気分になっていた。

ひとがいるというだけで、安心したのだ。

どこか道の隅にひとりで居るよりずっと良い。

そこには女性や子供が多く居た。

お父さんたちは会社に行っていて、まだ帰ってきてないのだろう。まわりに住宅が多いため、家に一人で居た、不安になった奥さん達が公園に集まっていたのだ。

「すごかったわねぇ、大丈夫だった?」
「あ、はい、大丈夫でした!」

見ず知らずの女性と、そんな話を何回かした。

どのひとも不安げで、しきりに電話をかけるひと、井戸端会議を開く奥様方、赤ちゃんを抱いてあやす女性、駆け回る子供がいた。地震後、学校から早めに帰らされたのだろう。楽しそうに遊んでいる。

3月といえども宮城は寒い。桜が開くのはゴールデンウィークになる事もあるほどだ。

いつのまにか空はどんよりと暗くなり、気づけば雪が降ってきていた。

ちらちらと舞い始める雪の中スマホをさわりながら、信じられないツイート達が流れていく。

『津波は第二波、第三波と来ます!絶対に戻らないで!!!』
『車が津波に飲まれていくのがテレビに映ってるんだが』

スマホに張り付くように情報を見ていた私にとっては、すでに何度も見ていたツイートだった。

当の動画を見たくてもスマホにテレビが付いてない。
ラジオも持っていない。ネットも混線してるのかアクセス出来ない。

注意喚起を促すツイートや心配する人たちの声ばかりが流れていく。

母親、父親に連絡しても繋がらない。兄は関東にいて、震源地からは遠いから大丈夫だろうと思った。

不思議と全員無事だと感じていた。家は海からは遠い。連絡も出来ないけれど、なぜか大丈夫だと思えた。不思議と不安は無かった。

公園に来てから、もう1時間くらいは経っただろうか?

雪が降り始めて、スマホをさわる指先が冷たくて動きづらくなった頃、女性に話しかけられた。

「地震、すごかったわねぇ」
「ほんとですね!」

ショートカットの、ふつうのおばさんだった。

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