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今、小説を書けることがとても楽しい。 『.

今、小説を書けることがとても楽しい。

『今、小説を書けることがとても楽しい。最近そんな事を思う。

私は小説を読む習慣がなくて、小説を読めるような落ち着ける時間もなかったったのもあって、習慣にはならなかったんだけど

WEB上にあったネット小説を読んでいたら、素人なのに本当に面白い小説を書く人がゴロゴロして、ビックリした。

ネット小説だったからいつでもどこでも読めるのがすごい自分に合ってて。たとえば、通勤の時に、バスで行く方法もあったんだけど、わざわざ歩いて。

20分くらいの道のりは毎日、行きも帰りも歩いて、その間、ネット上の文章を読むのが習慣になった。

ちなみにネット上にある文章は、暗闇でも見れるっていうのが自分にものすごく合っていた。

落ち着いて小説を読める場所なんてなかったけど、ネット小説は布団の中でも読める。布団の中にいればさすがに親も「もう寝たの」って話しかけてくることはなかったから、じっくり読めた。

なにがそんなに面白いのかも解らないまま、でもハマって、良い文章を読んでいると感動したりもするんだけど、だんだん不満が出て来た。笑

「私ならこうするな」とか「なんでこの展開にしたんだろう」って作者への怒りの時もあったし、
「こうしたらもっと楽しい」とか「この先の話が読みたい」ってわくわくした気持ちの時もあった。

怒りもわくわくする気持ちも、どっちもその文章が好きだからこその感情で、本当に自分の琴線に響かないものには私は興味がないタイプだから、基本的には「好きだからこそ」。

根底には大きな憧れみたいな気持ちもあった。

それで、「自分もこの人みたいな文章を書きたい」「私ならもっと面白く出来る」みたいな気持ちもあった。

「私ならもっと面白く出来る」って言うと、すごく自分の能力が高いみたいに思えるけど、私はそれまで文章なんて全然書いた事がなかったから、自分自身に「技術は無い」って解ってた。笑

万人受けするモノを書きたい訳じゃなくて、自分が出来る事の中に自分なりの方法を試してみたいっていう気持ちで、「自分しか出来ない表現が出来たら誰にも負けない」って感覚。

だって自分の中にしか正解は無いんだから、例えばものすごく似せて書いた人がいても、それは私ではないし、ときどき「やるなぁ」って舌を巻くこともあるけど…。

そもそもおしゃべりは上手な方で、人を笑わせたりも好きでサービス精神があったりとか、そうゆうので自分なりに相手を楽しませる方法は心得ていたのかもしれない。

ちょうどそのころ、キャッチコピーとか商品の説明文を仕事としてやらされる事があって、「手元にモノが無くても、存在を想像出来るような文章で伝えたい」って思ってたから、その考え方は今も主軸。

小説を書き始めたころは、本当に空白ばっかりだったりとか、文字数も少なくて、記号を使ってみたり。

それでも自分なりに毎回満足いくような仕上がりを目指して書いていた。

語彙が少なくて自分からは出てこないから、そのぶん余白(行間というか)を沢山入れて、相手に想像してもらおうっていう。笑

小説ってけっこう暴力的だなぁと思う。私は人の良いなりになるのが大嫌いで、小説の中がまさにそう。

そもそも作者が作った世界の中に放り込まれて、「あなたは読むだけ。嫌なら投げ出しなさい」って感じっていうか。

読んでる側は絶対に文章を変えられないし、ただ流れに身を任せるだけ。でも読むタイミングはこっちのものだし、読むも読まないもこっちが決める事。

そう考えたら、そこまで暴力ってほどでもないのかなぁと思うようになった。

作者が作る世界の中には、ときどきご都合主義みたいなモノがあって、絶対このキャラはこんなことしないって違和感を覚えたり、こんなに都合良く話が進むなんて有り得ない、って、リアリティ主義な私はわりとすぐに反発したい。笑

だからこそ、自分で文章を書くときは、リアリティ重視で書いていますね。

小説の中では作者がルール。やりたい放題が出来て、ウソも目隠しも好き放題。

でも、好き勝手できるからこそ、作者がちゃんとルールを守らないと、読んでる方が興ざめしちゃうなぁと思う。わたしの場合がそうだから。笑

私にとっての「小説を書く」ってのは…、「冒険」かな。

そこは挑戦の世界で、旅するのもしないのも自分次第。もしかすると成長出来ないかもしれないんだけど、「ここに行った」って事実だけは残る。

そんな感じ。』

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8月30日は冒険家の日!冒険家の日をテーマに書いたフラッシュ・フィクション。毎日『今日は何の日?』をテーマにショートショート書いています。--

This article was written by ねこ