365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

15時〜16時頃

「おお、すごい……」

部屋へ戻った私たちは、中の状態を目の当たりにした。

パソコンが乗っていた机達は大きくズレていた。引っ越しの最中か模様替えの途中のように、机も棚も部屋の真ん中のほうへ出てきていて、どれも縦横無尽に動いたらしい予想がついた。

いつも動かさないものが動いたせいで、ほこりやゴミも出てきていた。決して綺麗とは言えない状態だった。

咄嗟に外に出て正解だったのかもしれない。もし部屋の中で揺られていたら、机や棚に挟まれたかもしれない。

「上司達、大丈夫かなぁ」

先輩は上司に電話を掛けた。しかし繋がらない。
試しに私も掛けてみたけど、繋がらない。

私は震災直後からツイッターをしていた。

その頃の私には、ツイッターが生活の一部となっていたのだ。震災時の興奮もあり『地震なう!』なんてコメントを送信していたため、フォロワーさんたちから『大丈夫?』と沢山コメントをもらった。

情報を知るためにもツイッターをチェックしていた。震度何だったのか、震源地は?そんな情報のためにも見ていた。自分のフォロワーさんに宮城に住んでる人がいた為、その人の様子も気になった。『すごかった』だとか『無事です!』などとコメントしてるのを見かけて安心した。

しかし家族とツイッターをしてる訳がなく、連絡手段は無い。

この時初めて、家族とツイッターしとけば良かった…!と思った。

ツイッターでは、色んな情報を見かけた。

・帰宅難民になる可能性がある。
・会社を出るときは、『避難済み』と書いた紙をドアに貼ろう。
・ガスの元栓は閉めよう。
・電気が通ってないなら冷蔵庫の中身は取り出そう。
・水が出る場合は、今のうちに浴槽にためておこう。

上司の居ない場での緊急事態。

私はツイッターにかじりついて沢山の情報を確認していた。

インターネットよりもツイッターの方が、情報が早いと感じていたからだ。

先輩はおっとりした性格で頑固、私は心配性で細々と気を回すタイプだった。2人で足りない部分をカバーするような性格だったかもしれない。

「……どうしよう、犬が心配で……」
「え?先輩、犬飼ってたんでしたっけ」
「うん。上司も居ないのに、帰っていいかな?家がどうなってるのか、犬が心配で。あの子には私しかいないから。一人暮らしで」
「そっか……、帰りましょう。」
「本当?いいかな」
「大丈夫ですよ!非常事態です。私も帰ります。」
「大丈夫?帰れる?うちにくる?」
「大丈夫です。帰れます!張り紙と置き手紙しましょう。そしたら、上司もそれを見れば解るから」

そんな会話をして、帰ることになった。

ガスの元栓を閉めて、張り紙と置手紙を書いた。

給湯室の蛇口を捻ると水が出た。
冷蔵庫の電源は切れたまま。

家に帰っても電気は通って無いかもしれない。水が出ないかもしれない。

「先輩!お菓子持って帰りましょう!」
「え、お菓子?」
「はい。冷蔵庫の電源が切れてるので、どっちにしろ中身腐っちゃいますよ。阪神大震災の時とか、食べ物に困ったり水に困ったりもしたそうです。今ここにあるぶん、持って帰れるだけ持っちゃいましょう」

それはまさにツイッターで見かけた情報だった。

マグニチュード7とも8とも言われていた。震度も6や7と、混乱のなかで正しく解らないのか、情報が混線していた。

そんな情報を見た阪神大震災を経験した人たちが、『こうすると良かった。こんなことをしておくと良い』という情報を書いて、ツイッターで流してくれていたのだ。

そして宮城に住んでいる私のことを思って、フォロワーさん達が役に立ちそうな情報をリツイートしてくれていた。

心配してくれて、大丈夫かと声をかけてくれた。大きく揺れたけど、幸い自分たちのいたビルはどこも壊れてなかったし、周囲の建物も大丈夫だった。

会社はどちらかといえば住宅地の中にあり、昼間ということもあってか、周りに私たち以外の人はそう歩いていなかった。

偶然通ったおばさんも、「すごかったわねえ」と一言声をかけて通り過ぎていった。

見る限り、どの建物も壊れている様子は無かった。

地震にまったく関係無い青空が広がっている。

真向かいにあるスーパーはガラスが割れてしまったようだが、建物自体はなんの問題も無いようだ。何人か店から人が出て行くのが見えた。
従業員だろうか、それともお客さんか。

私たち2人とも二十代前半。お互い、こんな緊急事態は初めてのことだった。上司に連絡がつかない、電気が通ってない静かなビル。私たちの会社があるビルには、私たち以外で頻繁に部屋を使ってる人は居ないようだった。
ほかに人が居ない。誰とも会わない。

当然、私たちにアドバイスや指示をくれる人はいなかった。

どうすればいいのか不安、そして上司は帰ってこない。普段から時間通りに動く上司では無く、帰ってくる時間を告げないことも良くあった。定時過ぎに帰ってくる日も多かった。

時刻は3時すぎ、外の様子を見たり、ほかに人が通り過ぎないか見てみるが、人はほぼいない。

私はツイッターの情報たちを見ながら、ある程度指標にして行動した。

なかには本当かどうか解らないような情報も混じっていた。

『情報を鵜呑みにすると危険』そんな情報も流れ始めていた。

「気をつけて帰ってくださいね。」
「うん。そっちもね。本当にうちに来なくて大丈夫?」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます!」

そうして私たちは、上司たちを気がかりにしながら、お互いのことを気にしつつも、会社で別れたのだった。

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