365文

365日ぶんの、フラッシュ・フィクションたち。

夜〜朝

おばさんの家へ戻り、暫くすると、旦那さんが帰ってきた。

おばさんは状況を既に旦那さんに話していたようだった。

「すみません、こんばんは。お邪魔させて頂いてて……」
「ああ、大丈夫だった?」

おじさんは少し寡黙なタイプだったが優しい人だった。

「大変だったよ。会社でも大きく揺れて……」

暗闇の中、3人で床に座って会話した。

何せ電気もガスも通ってなかったから、どうすることも出来ないままだった。

そんな中、友人からメールが届いた。
今は関東にいる友人だが、実家は海沿いにある子だ。

高校時代の友達で、気の置けない友人からの連絡は、『大丈夫?』という短いものだった。

大丈夫だよ、と返事すると、友人からはすぐに着信がきて、通話することになった。

友人からは、関東の方も大きく揺れたという話だった。
友人と比べて私は震源地に近いので、関東も揺れた、という事は あまり現実感が無いままで、揺れたと言っても大したことは無いんだろうと思った。
彼女の声はいつもの調子で明るかったし、もともと宮城は地震が多い地域で、友人と一緒にいた高校時代も震度4程度は何度か経験していたのだ。

私は、どこか切羽詰まったような感覚で、彼女の声に耳を澄ました。

そして焦ったまま通話は終わった。いや、終わらせた、という感じだったと思う。

彼女のお父さんが、津波に飲まれたかもしれない、という話をされたのだ。

私はもちろん驚いたが、自分もまだ震源地に近い場所に居る訳で、電気が通ってない場所にいて、彼女よりも危険な場所に居るのは自分だと思えた。

彼女も不安だったとは思うが、私も不安だった。スマホの充電がなくなったら、本当に誰とも連絡が取れなくなる、という恐怖もあった。電気がない為、充電出来ないのだ。

その時の私には、誰かの心配をする心の余裕は無くて、彼女の話を親身に聞いてあげられる気持ちは無かった。

そして彼女自身も、『そっちほどは大丈夫』という余裕があったように思う。
さきほど兄と話した時と同じように、どこか『他人事』のような。
安全地帯から、心配して声を掛けてくれてる、そんな気配がした気がした。
現場がどうなっているのか、現実感が無いままリサーチに電話を掛けてきているような気がしたのだ。

こちらはまだ余震が続き、電気もガスも通ってない、詳しい情報もよく分からないまま。

関東のほうも大変だったという話は後で知った話だった。
終わってしまえば程度が解るが、その時はまさに被災が続いてる状況だった為、私は不安と焦りで恐れていた。

通話を切り、彼女の話が信じられないまま、暗闇の中に私たちは居た。

おじさんは「そういえば、たしかラジオがあったはずだ」とラジオをつけた。

ラジオでは、ツイッターほどの沢山の情報は無く、あまり耳に入ってこなかった。

そして、津波の情報も、ラジオよりもずっと生々しい現場の声も、私はツイッターで知っていた。

その頃ようやく津波に飲まれた人数を発表しだしたのか、『数百人』そんな数字を見て私は驚愕した。

時々ある、地鳴りが聞こえるような大きな余震に怯えながら、私たちはようやく朝を迎えた。

人生で一番長い、夜だった。

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